大阪地方裁判所 平成10年(ヨ)2506号 決定 1999年1月12日
債権者
森山光雄
右代理人弁護士
松本七哉
同
越尾邦仁
債務者
株式会社ミック
右代表者代表取締役
大山永吉
右代理人弁護士
岡島章
同
村上玄純
主文
一 債権者が、債務者に対し、債務者のクレーン運転手としての地位にあることを仮に定める。
二 債務者は、債権者に対し、金一四〇万四六〇四円及び平成一一年一月から本案事件の第一審判決の言渡しに至るまで、毎月末日限り、金一八万六三七二円を仮に支払え。
三 債権者のその余の申立てを却下する。
四 申立費用は債務者の負担とする。
理由
第一債権者の申立て
一 債権者が、債務者に対し、債務者のクレーン運転手としての地位にあることを仮に定める。
二 債務者は、債権者に対し、平成一〇年五月から本案事件の第一審判決言渡しに至るまで、毎月末日限り、金一八万六三七二円を仮に支払え。
第二事案の概要及び主要な争点
一 債権者は、債務者に、昭和五八年四月二日に雇用され、以後大阪支店においてクレーン運転手として勤務してきたが、平成一〇年四月二一日から一週間の出勤停止処分を受けるとともに、同月三〇日から一般作業職に従事させられている(争いがない)。
二 本件の主要な争点は、右一般作業職への職務の変更(以下「本件職務変更」という)が相当なものかどうかである。
1 債務者の主張の要旨は次のとおりである。
債権者が、担当車両の日常点検を怠ったことにより、平成一〇年三月三〇日、車両破損事故を起こし債務者に損害を与えたうえ、事故報告も怠ったため、就業規則に従い債権者を出勤停止一週間の懲戒処分に付したが、過去にも度重なる就業規則違反(出張命令違反、車両破損事故、休日出勤命令全面拒否の勤務姿勢等)があり改悛の情がないことをも考慮に入れると、債権者はオペレーターとしての適格性が欠けるものであるためから、同時に、やむを得ず一般作業職に職務変更したものである。
2 右に対する債権者の主張の要旨は次のとおりである。
平成一〇年三月三〇日の車両破損事故は、債権者一人の責任に帰せしめられるべきものではないし、事故報告も行っている。債務者の主張する過去の就業規則違反にしても、債権者に責任がないものあるいは軽微なものばかりであるうえ、既に処分ずみのものも含まれている。以上、本件職務変更は、合理性、公平を欠き、債権者の組合活動(平成五年一〇月からの全日本運輸一般労働組合北大阪支部ミック分会副分会長あるいは分会長としての組合活動)を理由として不利益な取り扱いをするもの(不当労働行為)でもあるから、その効力を有しない。また、本件職務変更は、懲戒処分として通知されており、就業規則に規定のない種類の懲戒処分、かつ一部既に処分ずみであった懲戒事由を二度処分する懲戒処分であるから、この点からも効力を有し得ない。
第三判断
一 債務者において懲戒処分と職務変更(クレーン運転手から一般作業員への職務変更)とが厳然と区別されていたのかは疑義があるが(書証略、審尋の全趣旨)、債務者が主張するように本件職務変更が懲戒処分ではなく純然たる職務変更であったとしても、本件職務変更は、従業員の適正な配置を全体的に見直したというようなものではないし、勿論債権者の一般作業員としての適性を評価したというようなものでもない。また、債権者は、債務者に雇傭された当初からの約一五年間のほとんどをクレーン運転手として勤務し現在もその勤務を継続することを希望している者であること、クレーン運転手から一般作業職に職務変更されることにより給料の額が大幅に減少すること、本件職務変更においてはクレーン運転手への復帰が予定されていないこと(以上、審尋の全趣旨)などからすると、本件職務変更が行われることによる債権者の不利益が大きい(書証略の就業規則三七条、三八条と対比してもそのように言える)。一方、純粋にクレーン運転手から一般作業員へ職務変更するというのであれば、その必要性の判断においては、万一事故等が生じた場合の対処能力を含め、クレーン車両運転、操作の技術が最重要視されるべきものと思われるが、この点、従業員中で特に債権者がクレーン運転手としての適性を否定されるというのに十分なものがない(後記1)。さらに、債権者が主張する情状のうち、出張命令拒否、休日出勤命令拒否については、後記2、3の事情からクレーン運転手としての適性を特に否定しうる理由を見出しうるものか疑問があるうえ、時期においてかなり後の平成一〇年三月の車両事故(それ自体の評価については先に述べたとおり)後に職務変更の理由として採り上げられたことも不自然である。そして、その余の情状(債務者は平成二年の車両事故、平成四年の酒気帯び運転等を主張している)については、いずれも相当年数が経過したもので現時点になって殊更問題とすること自体奇異に思われるものである(書証略)。以上、本件職務変更は、債権者の受ける不利益をもやむなしとするほどの必要性を認め難く、権利の濫用として無効と解される。
1 車両破損事故について
(一)(1) 平成一〇年三月三〇日の車両破損事故の内容
同日、債権者が平成一〇年一月以降担当しているラフタークレーン(四・九トン)を運転走行中、グリスアップ不足によってプロペラシャフトが破損し、走行不能に陥った(審尋の全趣旨)。右車両修理のため、債務者においては、一〇日間の休車と修理費用等一〇〇万円余を要した(書証略)。同年四月三日、債権者から、債務者大阪支店長に、右車両破損事故の報告書が提出されており、債権者は車両の整備点検が不十分であったことを認めている(書証略)。
(2) 平成九年一〇月一一日の車両破損事故の内容
同日、債権者がラフタークレーン(一六トン)を車庫から出庫しようとエンジンを始動し、アウトリガ・ジャッキを格納中、ブームが伸長し、フックがルースターシーブに当たって、ルースターシーブが破損した(審尋の全趣旨)。右車両修理のため、債務者においては、約二〇万円を要した(書証略)。
事故後の点検において、同車両に異常、不具合は認められなかった(書証略)。債権者は、事故当時伸縮レバーの横に置いていた魔法瓶が傾いてレバーに触れていたのを目視しており、そのことと事故との因果関係があるのではないかと考えられる旨、以後反省、注意する旨の事故物損報告書を、平成九年一一月二六日に提出している(書証略)。
(二) 各事故による車両破損が、債権者の不注意に起因するもので、いずれも相当の修理費用を要するものであったことは否定できない。
しかし、他に平成二年の債権者運転車両の破損事故を併せても、債権者について、他の運転手と比較して、入社以来特に事故が多いものとも、クレーン車両の運転、操作技術において特に劣っているというものでもなく、また、事故の態様、結果と当該事故を起こした者に対する処分との対応において、他の従業員の車両事故に対する場合よりも、債権者の受ける不利益がやや過大なものであることも窺える(書証略、審尋の全趣旨)。
また、破損車両はすみやかに点検、修理に回されているのであるから、車両事故があった事実自体の一応の報告等は行われていたはずであるし、事故の原因について、債権者は、結局は債務者側の見解に同意して自身の責任を認め反省の意向も示してもいる(前記(一)のとおり)。事故の内容、性質上、その原因について直ちに債務者側の見解と同様の報告等をしなかったとしても、そのこと自体が強い非難に値するとも言い難い(審尋の全趣旨、書証略)。
2 平成八年九月二五日の出張命令拒否について
(一) 同日、債務者の配車係が債権者に対し、午後三時ころ翌日の明石大橋への出張作業を依頼し、午後九時ころ翌日同所へのクレーン回送を依頼したが、結局債権者は明石大橋へは赴かなかった(審尋の全趣旨)。
(二) 債権者は、出張作業に赴かなかった理由として、家庭の事情により長期の出張は出来ないこと、あるいは出張旅費の調達が出来ないことを説明して、配車係の了承を得たなどと主張し、債務者は十分な説明もなく出張作業を拒否したうえ、クレーン車の回送依頼に対しても係員に罵声を浴びせて一方的に電話を切って拒否したなどと主張している。
(三) 右(二)は結局債権者と債務者側とのそれぞれが抱いた主観の違いが顕れてもいるものと思われる。債権者にも幾分短気で協調を重んじないところがあったのかも知れないが、(一)の一事をもっては本件職務変更がやむをえないものであったとも判断し難い(書証略、審尋の全趣旨)。
3 休日出勤命令拒否について
(一) 債権者の就業規則(書証略)一一条において、「業務の都合でやむをえない場合には、会社と労働者の過半数を代表する者と協定により、第八条に定めた時間以外に時間外労働、又は第一〇条に定めた休日に休日労働をさせることがある。」と定められており、これに基づく債務者と全ミック労働組合間の書面による協定が労働基準監督署に届け出されており(書証略)、同一支店内の他の従業員は多少の差はあっても休日労働にあたっているが、債権者のみ、平成八年ころからほとんど休日出勤を行っていない(書証略、審尋の全趣旨)。
(二) 債権者は、債権者の全日本運輸一般労働組合員北大阪支部ミック分会員としての組合活動を理由として債務者が差別的取り扱いをしている結果であると主張し、債務者は、債権者が休日出勤拒否するなど非協調的な態度をとっている結果であると主張している。
(三) しかし、平成八年以後債権者に対してはそもそも休日出勤命令が出されておらず、債権者は必ずしも休日出勤を全面的に拒否する意向を示してもいない(書証略、審尋の全趣旨)。
一方、平成八年より前に休日出勤命令を拒否した事実のあることは債権者も認めているが、その日時や回数、理由、あるいは労使協定の締結時期との関係等について、本件職務変更をやむなしとする具体的事実の主張、疎明として十分なものがない。
二 賃金の仮払いについては、疎明資料(書証略)及び審尋の全趣旨により、平成一〇年五月につき一〇万円及び同年六月以降につき月一八万六三七二円(但し、いずれも給料差組についての所得税、住民税、社会保険料分込みとして)を認めるのが相当である。
三 よって、主文のとおり決定する。
(裁判官 酒井康夫)